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それは「株をやらないこと」だ。 約三年に渡る株式投資で1000万以上の損失を出した私、九電男が綴る株に関するブログです
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7/2(月)
 
「犬も歩けば棒に当たる」
 
この諺は昔「犬がうろついていると人に棒で殴られる」というところから「余計なことをすると災難に遭うぞ」という意味だったらしい。
普段のオレの株売買はまさにそういう状態で「九電も注文すれば大損する」みたいな日々だった。
 
しかし現在はこの「当たる」というの部分が良い意味で解釈されて「出歩いていれば思わぬ幸運に遭遇する」という意味で使われているらしい。
今日のオレはまさにそういう状態で「九電も出歩けば幸運が訪れる」みたいな一日だった。
 
「犬も歩けば棒に当たる」
 
そう、今日はいいことがあったんだ。
株の売買とは全く別のところで。
 
 
 
日夜満員電車で会社まで通うオレは、自宅から最寄駅までの定期を持っている。
大抵の人がそうだと思うが、電車通勤をしている人は自宅から最寄駅の間でなら、自由に寄り道をすることができる。
 
仕事も終わって19時過ぎ。
普段のオレはあんまり出歩かないほうだが、今日はたまたま仕事が少なくて時間に余裕があったので、平日のアフターを過ごすことができそうだと思っていた。
 
同僚の斉藤を飲みに誘ってみたが、付き合ってはくれなかった。
何でも同棲中の彼女が帰宅する前に、部屋の片づけをしておきたいとかいう、聞きたくもない理由で断られたのだ。
仕方なくオレは日用品と食料の買い物にぶらつくつもりで、たまには気分を変えてみようかと思い、初めて隣の駅で電車を降りた。
 
スーパーで買い物すれば安く上げられることを知ってはいても、男独り暮らしのオレが普段立ち寄る店といえば、煙草を買うついでに食料を調達できるコンビニか、安い暇潰しに最適なゲーセンやカラオケ屋のある商店街などがメインだった。
気分を変えて隣の駅へ、とやって来てもオレ自身にそう変化があるわけでもない。
オレの足は初めて通るドーム型の商店街の中へ自然と向いていった。
 
夏服でも見てみようかなと服屋の前を通りかかったとき、今時珍しいバニースーツを着た二十歳ぐらいの女性に声をかけられた。
 
「お兄さん、独り暮らしでしょ。今晩暇?」
 
平日とはいえ、そこは駅前の商店街の一角。
人通りもそれなりにあるためか、最初はオレに声をかけてきているものとは思わなかった。
素通りしていこうとするオレの正面にバニーが回り込んで、どこぞの店のものと思われるティッシュを差し出して来たとき、オレは初めて彼女の顔を見た。
二十歳ぐらいと言ったが、彼女はどちらかといえば童顔で、背丈も同世代の女性と比べて低いほうだったので、セーラー服か何かを着ていれば何食わぬ顔で女子高に出入りできそうな容姿をしていた。
 
オレの目の前で差し出されたティッシュが止まっている。
オレは基本的にこういう何かの勧誘だとかアンケートだとかの類は参加しないほうなので、彼女のことは無視して先へ行こうとした。
しかし彼女は、そんじょそこらでバイトしているようなチラシ配りの連中とは違って、しつこかった。
 
「ねね? なんで独り暮らしだってわかったか気にならない? ほらお兄さん、そのズボン。ほつれてるよ。Tシャツも皺になっちゃってるし、彼女いないんでしょー」
 
オレの腰周りを指差し続けて、彼女はケタケタと笑った。
その様子はおかしいから笑うというより、オレのことを小バカにしている様に近かった。
普通、初対面でこれだけ失礼な態度に出られたら、腹を立てて文句の一つも言うか、呆れて無視するかのどちらかだろうと思う。
しかしオレはそんな負の感情を微塵も露にすることなく、その場に立ち止まり、大人しく彼女の差し出したティッシュを受け取った。
 
「彼女いないから、なに?」
 
つっけんどんに応対してみたが、彼女はマクドナルドの0円スマイルをはるかに凌駕するほどの可愛い笑みを続けている。
男が八割を占める花のない暗黒に勤めているオレにとって、彼女のオレにだけ向けられる笑みは、たとえそれが業務上の都合のものであっても、悪い気はしなかった。
 
「怒らないでよー。もし彼女さんがいたら、私、悪いことしちゃってるなー、って思っただけなんだから」
「はぁ?」
「ごめんごめん。私、ただのお店の勧誘。よかったら飲んでかない?」
 
そう言って、渡されたティッシュを指差す彼女。
勧誘なんて言うもんだから、てっきり事務的なワープロ文字の並ぶ割引券か、如何わしいピンク系の写真の載ったヤツかと思っていたら、違っていた。
ティッシュ自体は透明のビニール袋に入れられただけの普通のポケットティッシュだったが、折り紙を切り取ったと思われる厚紙に『アミでーす!! 二十一歳!! 勤続暦三年でーす!!』という手書きのメモが入っている。
下段にお店の住所と電話番号とHPのアドレスが載っていた。
 
「アミちゃんって言うんだ」
「彼氏はいないよー。募集中なの」
「風俗かなにか?」
「まっさかー。ただのバーだよ」
「でもその格好、誤解を招きかねないよね」
「友達に借りたコスプレだよ。私、最近下火でさ。思い切った格好してみたら? ってアドバイスされたの」
「言っとくけど、オレ金ないよ?」
「うん、でもその分いいお酒出すから」
 
元々飲みに行こうと思っていたわけだから、彼女との出会いがなかったとしても、オレは適当な居酒屋で夕食を済ませていたかもしれない。
居酒屋での独り飲みは寂しい。それにどうせ帰っても独りだ。
話し相手がいてくれるならそれに越したことはないし、相手が女の子だったらなおのこと嬉しいのも男として当然。
妙なボッタクリバーだったら囲い込まれる前にとんずらすればいいかとオレはあまり深く考えなかった。
 
 
 
バーなんて普段行き慣れていないオレにとって、店の雰囲気はとても馴染めたものじゃなかった。
バーテンダーと思しき四十前後の男は、カウンターの端の席に座った常連客との談笑に花を咲かせているし、お店の女の子と思われる娘たちは団体で来ているらしい連中と合コンみたいな雰囲気ではしゃいでいる。
 
お通しをもらって、モスコミュールなんてものを注文してみたが、オレの周りに人はゼロ。
結局独り飲みと変わんねーな、と煙草に火をつけたとき、端の常連客が席を立った。
バーテンダーにひと言「帰る」とだけ告げ、財布を開いている。
どれくらいいたのか、どれくらい飲んでいたのかまるでわからないが、客が万札ではなく、千円札を数枚取り出したのを見て、とりあえずボッタクリ系統の場所ではないのかな、と少し安心する。
 
灰皿とグラスを一つ置いただけのオレはどうしても暇になる。
だから煙草片手に携帯を開くのはごく一般的な行動心理だろう。
今日は仕事もまぁまぁ暇で、配達の合間にもチラチラ値動きを伺っていたわけだが、考えてみれば終値がどうなったのか確認するのを忘れていた。
 
画面を開くと、おなじみの株ツールは、珍しくオレの勝利を知らせてくれた。
事前に知っていた売り持ち銘柄の下方修正が大きく利益に貢献している。
まぁ14時見たときにかなりの利益が出ていたものだから、後場の一時間でそうそう状況が悪くなるとも思えない。特に驚きはしなかった。
 
前場の出来高が多いうちは金額が上下するたびに「ああ!」だの「うぉっ!」だのと言っていたが、さすがに後場に入ると動きも落ち着く。
このところはポジションに割く金を大きくしていっている傾向にあるから、後場でも少し出来高がつくと焦りもするが、どのみちに利益になりそうなのと、損に転換しそうなのとでは大きな隔たりがある。
今日は比較的、安心していられる動きだった。
 
株ツールを閉じると、続いて某巨大掲示板閲覧用のツールが目に入った。
どうせ例の下手スレでは今日もまた、良くも悪くもオレの噂話が飛び交っているに違いない。
オレに関係ありそうなレスを探してみると、今日のオレの勝利を知った連中が感嘆を漏らしていた。
 
普段から書き込みがオレにとって気分の良いものであれば、喜び勇んでレスを待つというものだが、悪口のほうが声高にかかれるのが掲示板というヤツだ。
負けた日は資産の減少に加えて罵詈雑言がオレの心を苦しめるのが日常となっていた。
 
いつだったか「メシウマ」という言葉が流行った時期があった。
「他人の不幸で飯が美味い」だったか、これを略語として、憎らしいAAをつけたものが所謂「メシウマ」だ。
株式市場の中では毎日毎日大儲けと大損が繰り返されている。
当然のことながらオレ以上に大負けするヤツというのもかなりの数いると思うが、オレは過去に専用スレまで立てられた正真正銘のピエロ。
オレが不幸になればなるだけ掲示板に張り付く住民たちは「メシウマ」と言って大喜びする。
なんのことはない。人間の醜い部分を露にしただけのことだ。
 
くだらないとは思う。
しかしオレは「メシウマ」されていようと別に構わない。
目的は株で勝ち、利益を得ること。
オレが喜ぶのは株で儲かったときだ。
他人がどうとかまるで関係ないのだ。
 
「お疲れ様ですー。全部終わりましたー」
 
思想に耽っていて忘れていたが、今のオレはバーに独り飲みに来ているんだった。
空になった籠を店の隅に置いて、さっき出会ったバニー姿の彼女が入ってくる。
名刺代わりに渡されたティッシュによると、名前は確かアミ。
 
「アミちゃん、お疲れー。お客さん来てるよ」
 
来店以来、初めて注目された気がする。
バーテンダーがオレのほうに手を向けると、アミはこれでもかというほど嬉しそうな顔をして見せた。
 
「あ、ホントに来てくれたんだー。ちょっと待ってて。着替えたらサービスするから」
 
サービスしてくれる、らしい。
ピンク方面を想像したが、それに身を委ねると奥の部屋から黒スーツの強面が登場しそうな気がしていたので、オレは「お構いなく」と客に似つかわしくない態度を取った。
 
着替えてきたアミが何をするのかと思いきや、おもむろにバーテンダーからあの「カクテルを作るためにシャカシャカふるコップ」を取り上げて、後ろの棚から英語ラベルを貼り付けたボトルを何点か見繕った。
 
「お兄さん、甘いのは好き? フルーツ系なら私も大体わかるよ」
 
続いてアミはオレが適当に注文したモスコミュールについて、ちょっとした物知り顔で説明して見せた。
専門用語はいまいちわからんが、どうやらウォッカをベースにしてジンジャーエールが入っているらしかった。
それを見て「オレは甘目が好み」と判断したのだろう。
アミは空になったオレのグラスを取って、頼みもしないのに薄い水色が綺麗なカクテルを注ぐ。
 
「アミちゃん、初対面のお客さんにはいつもそれ出すね」
 
オーシャンブルーフィズとかいうヤツらしい。
バーテンダーが苦笑している様を見るに、アミはどことなくプロっぽい話し振りをしているかと思ったら、レパートリーの一種をオレに勧めてきただけのようだ。
まぁティッシュ配りで呼び込みをしているようなバニーが一流のバーテンダーというのも変な感じだし、自分についた客に格好いいところを見せようといったところか。
照れ笑いしているアミがちょっと可愛い。
 
注いでもらったカクテルをひと口飲んでみると、なかなか美味い。
女の子がオレのために注いだという補正が効いているのかも知れなかった。
 
その後は「お兄さん、名前は?」から始まって、簡単な自己紹介をさせられた。
話し相手が欲しかったオレは、カクテルが進むのに平行して徐々に饒舌になっていく。
初対面の相手に株の話までしてしまったのは酒の勢いのせいか。
しかしアミは思いの他、目を輝かせて食いついてきた。
 
「九電さん、株やるんだ」
「まぁ嗜む程度にね」
「じゃあ結構儲かってたり?」
「いや最近はあんまり。今は世界経済が低迷してるから」
「そうなんだ」
「アミちゃんは新聞とか読まないの?」
「あはは、そんなの全然! 本なんてファッション雑誌ぐらいしか読まないよ」
「今は大変な時期なんだよ? 6月にギリシャの総選挙があったの知ってる? 緊縮派が当選したから良かったようなものの、そうじゃなかったら国一つが消えてたかもしれないんだよ? 日本だって今よりもっと不景気になっただろうしね」
「いやー、全然わかんないなー。不景気になったらどうなるの?」
「そうだな。オレもそんなに詳しくはないけど、まず景気が悪くなるってことは企業の業績が落ちるってこと。要はみんなが商品を買ってくれなくなるわけ。このお店でたとえると、お客さんが少なくなったり、常連さんが頼んでくれるカクテルの量が減ることになる。となれば、従業員のお給料も払えなくなって、減給になるとか、最悪の場合クビになるとかになってくる。アミちゃんもお給料が減ったら、買おうと思ってた服を諦めたりするよね? となれば、今度は服屋のお客さんが減る。そしてここでもやっぱり減給とかクビとかって話になってくる。となれば今度は服屋の店員さんがね」
 
調子に乗ってにわかな知識をひけらかすオレ。
我ながら何を言ったか思い出してみると、相当イタイ気がする。
 
ここはピンクな店とはちょっと違うみたいだが、女子を隣にいい気持ちで話をする環境は、一般的な風俗と近い感覚がある。
アミは興味があるのか、それともなくても客のオレに合わせているだけなのか、飽きもせず懸命に相槌を打ってくれている。
客をもてなす術は熟知しているといったところか。
オレもなかなか楽しい。
 
「でもあれだね。経済なんて話題振ってくるの九電さんぐらいだから、新鮮だなー」
「そうか? 誰でも社会に参加している身なんだし、無関係ではないと思うけど」
「それでもさ。自分のお金で株を買ってまで勉強しようと思うなんて、九電さん、えらいと思うよ」
「勉強だなんて、そんなに凄いことはしてないよ。ただ給料の他にちょっとでも儲かったらいいかな、と思ってるだけで」
「九電さん、これはあくまで女の子としての意見なんだけど」
「ん?」
「仕事以外の場に自分のテリトリーを持ってる男性って素敵だと思うのね。なんていうのかな。私は不景気って体感したことないから、よくわかんないんだけど、今の世の中って、どんなに優秀な人でもリストラに遭う可能性を秘めてるわけじゃん? だから仕事だけ一途に頑張ってるだけの人ってさ。もし自分にそういうときが来たら、そこからどうにもならなくなっちゃうって思うんだ」
「そうかもね」
「でもさ、九電さんみたいに自分で考えて行動できる人だったらさ。たとえば自分に予期しない不幸なことが起きてもどうにかやっていけそうな感じがするんだよね。たくましいっていうのかな。女の子としては、そんな人に憧れちゃうっていうか」
 
アミは心持ち顔が赤くなっているみたいに見えた。
酒を飲んでいるのはオレのほうだから、別にアルコールで上気しているというわけでもなさそうだ。
アミはテーブルの上で組んだ指をコネコネしている。
さり気なく薬指を見たら、指輪のようなものは嵌っていなかった。
 
「九電さん」
「な、なに?」
「また来てくれるよね?」
 
何を言われたのかと思ったが、時計を見たら十一時に差しかかろうとしていた。
お店の閉店時間まではしばらくある。しかし途中下車で寄り道している身のオレからすれば、そろそろ出ないと終電に間に合わなくなる頃合だ。
まぁ隣の駅だし、歩いて帰れないこともなかったが、酒の回った状態でひと駅歩くのは結構な重労働だ。
それに定期で無料で電車を使えるというのもある。
オレは残った酒を飲み干して帰る旨を告げた。
 
アミがレジに周り、領収書を打ち出す。
今思ったが、バーで飲むカクテルは結構客が独自に注文してくるメニューが含まれているためか、一般的な飲食店と違って個別の料金が細かく設定されてはいない。
細かいところもあるとは思うが、この店は割とどんぶり勘定的なシステムをとっていた。
 
領収書には3000円と書かれている。
その下にアミが手書きで記した携帯番号が載っていた。
 
「安くない? 五杯ぐらいは飲んだと思うけど」
「そんなことないよー。今日は私も楽しかったし、サービスの範疇」
 
最初に言っていたサービスってのはこういう意味だったのか。
まぁ応対してくれた相手がこう言っているんだから甘えておくことにした。
 
斉藤が来てくれなくてよかったと思う。
男同士で盛り上がるより楽しいアフターを過ごせたことでオレは気分がよかった。
 
 
7/3(火)
 
午前8時40分。
あと少しすれば9時出勤の配達員たちがそろそろ現場に下りてくる頃合だ。
オレは運行管理者からトラックの鍵を受け取って、今日配達予定の荷物が置かれているエリアに向かっていく。
 
配達のエリアは一応出勤メンバーによってあらかた決められているものの、別にどの丁目を誰が配達しなければならないと厳格に定められているわけではない。
営業所にある今日中の荷物を今日出勤してきているメンバーで片付けることができれば、それでよしという方針だ。
だから多少配達エリアから離れていたとしても、米俵のような大荷物を選ぶよりは手乗りサイズの小荷物を選んだほうが、積載による労力を節約できるというのが最近芽生えたオレのせこい考えだった。
 
「九電君、おはよう」
 
コールセンターの美砂が寝癖ぼさぼさの髪型で現れた。
顔も寝起きそのままの状態で、連絡事項をメモしたらしき書類の束を面倒くさそうに抱えている。
 
いつも思うが、コイツの身だしなみの悪さはいい加減何とかならないものか。
制服の襟は立ってるわ、タイの結び方は変だわ、でよく注意されないものだなと思う。
まぁコールセンターは電話の応対専門の要員で、直接客と相対するわけではないから、見てくれに対する多少のことは黙認されているというのがオレの職場の悪いところか。
オレたち配達員が美砂みたいな意識の低さだと一発で厳重注意されるものだが、管理者も内勤の者には異様に寛大だった。
 
「昨日斉藤君が行った青木さんの家あるでしょ。確か住所は3-3-2の」
「3-3-8じゃなかったか?」
「ああ、そう、そこそこ。あそこのお婆ちゃんがね。足が悪いからインターホンを押したらしばらく待ってて欲しいって言ってきてるの。昨日も指定時間に家にいたんだけど、玄関まで下りてきたらトラックが行っちゃった後だったって」
 
常に配達時間に追われているオレたちは、インターホンを二回ほど押して客が出てくる気配がなかったらとりあえず不在票を入れることにしている。
実際、自分の荷物じゃないから、と家族が居留守を使うケースもあるし、本当に不在なのか外から完全にはわからないから「その時間にいたのに不在票が入っていた」というクレームは、今回の件を別にしてもよくあることだ。
オレは以前、問題の青木に直接文句を言われたことがあるから知っているが、普段別地域を配達している斉藤はそこが面倒な場所だとは知らなかったらしい。
 
「斉藤君、今日休みみたいだから、明日九電君の口から言っといてくれる?」
「なんでオレがそんなこと。管理者に言って、直接指導させろよ」
「あ、正社員がそんなことじゃ困るな。部下の面倒はきっちり見てもらわないと」
「部下じゃねぇよ。同じ配達員である以上、立場は対等だ、対等」
「それは違うと思うけどなー」
「違わねぇよ」
「九電君はさ、今はただの配達員だけど、正社員だからいずれは管理者になるかもしれないわけでしょ? だったら今のうちに部下の指導能力を身に着けておくべきだと思うんだよ。でしょ?」
「なったときに考えるよ。今は今日の配達で手一杯」
 
美砂の相手をしつつ、手乗りサイズの小荷物を選ぶのに必死なオレ。
この配達準備をしている時間というのは、その後長く続く配達業務にかなりの影響を与えてしまうので、配達員としてはこの時間が一番忙しい。
しかしひとたび配達に出てしまうと、基本的に午後の休憩時間までは帰らないので、オレが確実に営業所にいる出勤時間直後に美砂が何かしらの用事を持ってくるというのもわからない話ではなかった。
 
「ちょっと、ちゃんと聞いてくれる? 斉藤君は九電君と違ってアルバイトだし、先月交通事故やったばっかだから、クレームを管理者から指導って話になったら立場が危うくなっちゃうでしょ? この電話受けたの私だから、九電君からきっちり言ってくれたら、これくらいは管理者に言わなくても済むんだよ。この意味、わかるでしょ?」
 
ヤバイ話を大声で……。
美砂の神経の太さにはときどき恐れ入ってしまう。
 
営業所で受けたクレームは、きちんと書面に起こして管理者に報告することになっている。
それを怠れば、今回の場合なら当然美砂が処分されることになる。
しかし客からすれば、文句を言った案件が次回以降注文どおりになっていればそれでいいわけで、配達員さえ事情を把握していれば、次のクレームには繋がらない。
管理者の知らぬところで問題は解決。四方八方丸く収まるという按配だ。
 
つまり美砂は自分がリスクを犯すことで斉藤を守ってやろうとしているというわけだ。
コールセンターの中で、ここまで気を回してくれるヤツは美砂を置いて他にいなかった。
 
「わかったよ。明日言っとけばいいんだろ。引き受けてやるよ」
「よしよし、いい子だ。じゃ、配達頑張ってね」
 
オレが承諾したことで緊張感が解けたのか、美砂は欠伸をしながら二階の持ち場へと戻っていった。
 
オレより一つ年上の美砂は、お世辞にも女性として魅力的というわけではなかった。
オレは中学の頃から美砂を知っているが、彼氏がいたという話は未だかつて聞いたことがない。
それもそのはず、名前に「美」という字を使っている割には特別美人というわけでもないし、身だしなみから見える生活態度も乱れたもの。
独り暮らしの女性は、男性より区別がつけやすいというが、美砂を見ているとなかなか真実味のあることのように思える。
 
長くアルバイトとしてコールセンターに勤め、やがて職場のお局様となっていく。
寿退社で若い女子が辞めていくのが一般的でも、美砂の場合はこういうシナリオがもっともありそうだとオレには思えた。
 
 
 
11時を過ぎて、午前指定の配達が終わった。
午後便以降の荷物は一度営業所に取りに帰らなければならないため、大抵の配達員はそのときに昼食を兼ねた昼休みを過ごす。
オレは煙草を切らしていたので、近場のセブンイレブンの駐車場にトラックを止めて、携帯の株ツールを見ていた。
要はサボりという名の一時休息。
 
日経の寄り付きはいまいちよくない感じだったが、為替の動きがまぁまぁよかったので割と買いが入っていて、オレの株も多少の利益を出していた。
ここで売ってしまうかどうかが考えどころ。長い間含み損に耐えて耐えてやっと迎えた上昇局面。
これがしばらく続くのか、それともひとたびの天井をつけて下落の続きが起きるのか、判断がつかない。
 
しかし結局のところ今日の上昇が利益になっても、それ以降大幅に下落してしまえば、多少の含み益などすぐさまマイテンしてしまうのが関の山。
いっそのことここは持ち株の買いを決済して、改めて空売りをかけるのが賢明か。
同じ銘柄をドテンするのはなかなか勇気のいることだが、他の銘柄でやるというのなら抵抗も少ない。
ゲーム関連を売りに出して、車関連を空売りする、という戦略なら、海外市場が下落したとき儲けに繋がるか。
 
などと考えていると突然携帯が鳴った。
見ていた画面が消えて、忌まわしい電話番号に変わる。
番号は営業所からのもので、美砂からの業務連絡だった。
 
「九電君、お疲れ。配達はどんな感じ?」
「さっき午前便が終わったところだよ」
「じゃあそろそろ帰って来る?」
「まぁ三十分ぐらいしたら」
「そっか」
 
何か言いたそうな美砂の様子。この時点ですでにいい予感はしない。
営業所からかかってくる業務連絡は大まかに、荷物の集荷か、再配達の依頼か、クレームかのどれかと決まっている。
電話に出ないというのもあるが、客からの要請を無視すると、後々大きな問題に発展しかねない。
出てしまった以上、用件を聞くしかないのだ。
 
「実はね、西区域を担当している江坂さんのトラック、パンクしちゃったんだって」
「で?」
「トラック置いて帰るわけにもいかないし、午前便の荷物がちょっと残ってるみたいなんだよ」
「で?」
「九電君さ、配達早いでしょ? 西区域って、ちょっと走ったことあるよね?」
「…………」
「九電君の昼からの分は他の人に回すから、ピンチヒッターやって欲しいんだよ。今日のメンバーだと九電君しかいないから」
「とりあえず行けばいいわけ?」
「そう! お昼奢るから!」
 
管理者がこう言ってくるのならまだ話もわかるが、美砂はお局様候補のただのコールセンター。
先の斉藤の件といい、コイツが何の義務感で配達員たちのピンチを救おうとしているのか、オレには理解しかねることだった。
 
とはいえ、トラックのパンクぐらいはオレにも経験がある。
自転車で小物を配達している部隊ならまだしも、一抱えもある荷物を大量に積載しているトラックが運行不可な状態になると、現場の配達員一人ではにっちもさっちもいかなくなる。
当然のことながら時間指定の荷物が最優先なので、別の配達員が別のトラックで駆けつけて、とりあえず配達を、というのが通例の流れだ。
 
時刻はそろそろ11時半。
西区域まで移動となると、残ってる荷物の量にもよるが、午前中に全てというのはかなり厳しい。
後場に合わせてポジションの調整をしている暇はなさそうだった。
 
「江坂さんに時間指定のヤツだけ分けといてくれるように言っとけよ。残りは配達終わってから取りに行くから」
「OK、OK! じゃ、よろしく!」
 
通話が切れて、株の画面が戻ってくる。
しかし時間が惜しい。オレは携帯を閉じてアクセルを踏み込んだ。
 
なんか同じ配達員として当然のことをしようとしているのに、美砂のお願いを聞いてやったような気がして気に入らない。
しかし文句は後。まずは荷物だ。
 
最近は他所の配達業者との取り合いが激化しているせいか、時間の指定に一分でも遅れると烈火のごとく怒り出す客がいて気を遣う。
一応言い分としては客のほうに分があるわけだが、配達員にも都合というものがあるし、今回みたいなトラブルが起きることだってある。
何も悪意を持って遅れてくるわけじゃないんだから、多少の誤差は目を瞑れよ、といつもながらに思う。
まぁこんな火に油を注ぐような話は客前ではしないけれども、配達員の苦労というヤツだ。
休憩中の愚痴のネタとしてはよく話題に上る。
 
江坂さんはとあるマンションの真ん前で堂々と煙草を吸っていた。
オレが来るまでやることないのはわかるが、客からのクレームとか、まるで怖くないのかこの人は。
オレがトラックの中で一本吸っただけで窓ガラス叩いてくる野郎もいるんだぞ。
 
「すまんなぁ、九電君。しかしこればっかはどうにもな」
「荷物分けといてくれました?」
「おお、おお。もちろん、もちろん。このマンションの配達は全部終わっとる。あとはあっちのそれとこっちのあれと」
「…………」
「午前便は四つや。ちょっと厳しいか? 客が文句言うてきたら、トラックのパンクでって説明してくれれば」
「わかりましたから荷物をください。急いで行ってきます」
 
時間がないというのに、江坂さんのこの余裕。
オレが大急ぎで荷物を積んでいる中、まだ煙草を吸っている。
そんな暇があるんなら、近場のヤツ一個ぐらい持っていけよ、と言いたいが、まぁ日頃から見ている感じ、江坂さんはそういうタイプではなかった。
 
江坂さんは「不測の事態が起きたんだから怒られるのはしょうがない。ついてないなー。仕方ない。安全最優先でとりあえずかかるか」みたいな人だ。
オレが入ったばっかりの頃は色々と文句も言ったが、江坂さんはまるで柳に風とでも言うようにのらりくらいと笑ってかわす。
まぁこのやり方で定年間際まで勤め上げたというんだから時代の流れは恐ろしい。
 
「で、地図は?」
「ん?」
「地図ですよ地図。オレ、この辺詳しく知らないんで、江坂さんの配達資料貸してください」
「あ、そうやったな。えっと、どこやったかな。確か……」
 
ぶつぶつ言いながら江坂さんは日頃触らないような荷台の下とか座席の隙間とかを探している。
長年同じ区域を配達しているせいか、普段は住所を見れば場所は一発、ということなんだろう。
まぁそんなに凄いことでもないが、それが災いして配達資料を紛失するケースもなくはない。
 
というか、この探し物をしている時間、もったいなくね?
資料を借りようと言ったのは確かにオレだが、江坂さんにはオレの焦っている様子が伝わらないのか?
地図とか、オレが来ると知った時点で、用意しとくもんじゃね?
正午まであと三十分ないけど、その辺どうなの? ここ、文句つけるべきとこなの?
 
「あー、営業所に置いてきてしもたかもしれんなぁ。僕、地図使わんから」
「じゃあ一つずつ場所教えてください。メモします」
「あいよ。えーっと、4-5-8の道山さんはな、ほらあそこ、あそこや。えっと、セブンイレブン、あるやろ? こっからやと、そこの交差点西に行って、あ、ちゃうわ、東や東。西と東はよぅ間違えよんな。東やで。ほんで、二つ目のT字を北行って、西側の、なに言うたかな。昔、駄菓子屋さんあったとこあるやろ。あ、そうそう、山本さんや。それの二軒、いや、三軒やったかな。北隣の道山さんや」
「わかりました。次は、こっちの」
「道山さんはな、向かい同士に両親と息子夫婦で住んでるから注意しぃや。その荷物、化粧品やろ? 差出人は代理業者になっとるし、たぶん息子さんの嫁はんが通販で買うたもんやさかい、間違ぅて親御さんのほう行ってまうとうるさいで。それと今の時間やと、赤ちゃん寝てるかもせぇへんからドア叩いたらあかんで? インターホン一回だけ押して出てきよれへんかったら不在入れや。あとは、なんかあったかな。ああ、そや。トラックな、家の真ん前につけたらあかんで。南隣の杉山、ちゃうわ、杉本さんや。あっこ犬飼ぅててな。そばにトラックつけたら吼えよるんよ。それで何べんも苦情もろてるさかい、ちょっと面倒やけど路地の手前のほうに止めて」
 
長い。この調子だと三十分ぐらい余裕で使いそうだ。
本当なら今すぐにでも出たいというのにマジでやってられん。
美砂からの電話を受けたときは、厳しいことを承知で全部間に合わせる気でいたのに、早くも心が折れそうだ。
オレは極力温厚そうな客が相手であることを願うしかなかった。
 
 
 
何とか無事帰宅。オレはベッドに倒れ込む。
結局午前便は二つ間に合わなかったが、話のわかる客で助かった。
正午を過ぎても在宅していたのもよかった。
 
時間指定は差出人がするものだから、受取人がその時間にたまたま留守ということはよくある。
その場合は当然不在票を入れるわけだが、問題なく済むのは指定時間内に配達に行った場合の話だ。
指定を過ぎた時間に不在が入っていると「待ってたのに来なかった!」と言ってくる客は結構多い。
在宅していれば、江坂さんじゃないが事情を説明してその場でクレームを防ぐことができるというものだが、後になってくるとこちらの言い分は全てできなかったことに対する言い訳と取られてしまう。
自分のミスで自分が処分されるのならともかく、他人のミスを原因とするとばっちりは、オレでなくとも遠慮したい問題だろう。
 
終業間近、江坂さんは一応の顛末書を管理者に提出していたが、強く責められている風ではなかった。
美砂がうまいことやったのかもしれない。オレが頑張ったおかげでクレームにも発展しなかったし、トラックの修理費用を捻出する以外に営業所に痛手はなかったようだ。
まぁよかったな、とりあえず。
 
PCを起動する。最初に現れるのはもちろん本場株ツールの大画面。
続いてオレは早速、エクセルのファイルを開いて今日の成績をつけ始めた。
 
日中は、後場の様子次第では、と考えていたものの、今日は相場も全体的に落ち着き気味で、せっかく得た含み益が飛ぶことはなかった。
結局「迷ったときは何もしない」という方針に従って、新しく何かを建てたり手仕舞いしたりはしなかったが、今日に限っては正解と言ったところか。
深夜の海外市場がえらいことになっていると確実に死ぬが、とりあえず今日の利益の範囲内でマイナスになるのなら問題なし。
これくらいの成績なら、例の掲示板もそうそう盛り上がってはいないだろう、と専用ツールを立ち上げる。
 
オレのことは完全無視だった。
微妙に肩透かしを食らう。
 
凄いな、ここの連中。
オレが大損したときは「ざまあああ!」とか「九電逝ったあああああ!」とか書いているくせに、利益で終わってホッとしている状態のときは、まるでオレなどいなかったかのように平穏な流れが続いている。
 
ブログのアクセスも大損中のときと比べて少ない。
新着のコメントも株の売買とは無関係の内容だった。
 
最近思うが、もしかしたらこれが理想の展開なのではないか?
掲示板でオレの話題はなし、ブログも閑散コメント少し。
 
損失を出したときは妙な盛り上がりを見せるのに、逆に利益になったらこういう状態。
株で利益を出すためにブログをやっている、と豪語しているオレにとって、掲示板やブログはアドバイスを授けてもらう重要な場のはずだが、現実は盛り下がっていれば盛り下がっているほどオレの資産が増えている。
 
人によっては「自分の話題で盛り上がる状態」というのを喜ぶのかもしれないが、オレはとりあえず「株での利益」を最優先しているわけだから、この状態はむしろ喜ぶべきか。
 
まぁいい。
掲示板のほうでは目立つオレの存在を嫌う人もいるみたいだし、今日は軽めにブログを更新しよう。
 
「内需のゲーム関係の買いで利益。
 チャート的にも上昇トレンドだし、当面買いの流れが続くと見てホールド。
 
 買いと売りの両面持ちで地味に利益を削られているものの、差額が利益になっていればそれで良し。
 大儲けせず大損せずの精神でまったりゆったり資産を増やしていこう。
 
 だから明日もお願いします、株神様。
 アラエッサー、ボエボエー、オレノポジー、モウカレモウカレー」
 
お祈りも忘れない。
人を殺す株式市場でオレが何とか生き残れているのは株神様のおかげなんだから、祈りを捧げ、御利益を乞うのは人として当然の行為だ。
 
招き猫に身を宿した株神様の御神体は今日も部屋の隅に鎮座しておられる。
5800円はそこそこ痛かったが、今のオレは日夜市場で数万を動かす日々を送っている。
その株価の動きに御利益があるというのなら、かなりと言っていいほどの安い買い物だ。
 
オレは昨日の商店街で買ってきた新しいタオルを手に取り、台所で濡らす。
除菌がどうしたとかいう新発売のお掃除アイテムで招き猫を丹念に磨く。
自慢じゃないが、最近は磨きすぎで株神様の後頭部が窓から差す夕日を反射する始末だ。
早く帰ってきたときは、失礼ながら割りと迷惑なので、御神体をPCとは逆側に移動させることにしていた。
 
明日も仕事。
まぁそれはどうでもいいが、ポジが心配だ。
毎日こんなことを考えている気もするけど。
 
オレはPCに海外市場のチャートを表示させて、別画面でゲームでもやることにした。

 
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