株で絶対に負けない方法は「株をやらないこと」です。
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平穏に過ぎていく仕事の時間。
現実は時間指定に追われてダッシュダッシュなわけだが、今日の株価の動きは大人しい。
相場が荒れている日は、一つ配達が終わるたびに株価が気になるので、トラックに戻るたびに携帯を開いているものだが、こうもヨコヨコな日が続くと終値を確認するだけでいいかな、という気にもなってくる。
日本の株式市場はギリシャの総選挙を終えて、地味な買いムードが続いている。
世界的なニュースがないからか、個別の動きにそこまで目立ったものはない感じがする。
小商いの銘柄は突如として出現した材料で大きく動いたりもするが、現在のオレの手持ち銘柄にそういうのはないらしい。
出来高も少なく、地味な上下を続けていた。
昼の休憩時間、オレは前場のチャートを確認しながら屋上で煙草を吸っていた。
営業所内で喫煙できる場所は屋上の一角のみと定められている。
二年ぐらい前までは各フロアにカーテンで仕切られた喫煙スペースが設けられていたが、誰かの煙草の不始末が原因で客の荷物に引火しかけたというヤバイ事件を経て、建物内での喫煙は禁止となった。
結局あれは「火事の意識の薄い喫煙者たち全員の責任だ」ということになり、誰が犯人だと問責されることはなかったが、実は客からのクレームに慌てた斉藤が火のついた煙草を持ったまま荷物を漁っていたときに起きたぼやだから、オレの中で犯人は確定的だったりする。
わざわざ告げ口したところで何の得にもならないから黙っていたが、当の本人がまるっきり反省の色を見せないというのはどうなんだろうか。
まぁあんまりにも挙動不審な態度を見せていたら腹を探られる結果になるのは目に見えているので、斉藤の振る舞いはある意味世渡り上手の一環といったところかもしれない。
時給で働くアルバイトの割には将来有望、というのは言いすぎだろうが、実際問題、こういう不真面目さは社会で生き残っていくのに必要な能力だと思う。
「あ、九電さーん」
何が面白いのかわからんが、斉藤が嬉しそうに手を振ってオレのそばにやって来た。
今朝は、昨日美砂に言われた一件を指導してやったにも関わらず、斉藤はまるで落ち込んだ様子を見せず、へらへらしている。
日夜オレを原因とするクレームがついてやしないかとひやひやしているオレからすれば、斉藤の能天気さはある意味で尊敬の念を感じ得ない。
「九電さん、さっき下で美砂さんが探してましたよ」
「何の用だ、貴重な休憩時間に」
「さぁ。携帯で呼びましょうか? って聞いたんですけど、自分で探すって言ってました」
うわ、もの凄い嫌な予感。
コールセンターの誰かが配達員を探しているときは、十中八九仕事の話。
しかも今までの経験からいって、ろくでもない用件のことが多い。
午前中に行った配達先、どっかヤバイとこあったかな。
不在票の入れ間違いとかもしあったら……。
「九電さんの考えてること、俺にはわかりますよ」
「なに」
「朝の配達でミスったかなー、とかそういうことでしょ?」
図星過ぎる指摘。
オレ、そんなに青い顔してた?
この妙に鋭い洞察眼から逃れる術をオレは知らない。
「ダメですね、九電さん。いやミスしたかどうかじゃなくて、そんなことでうろたえるのはダメですよ」
「どういうことだよ」
「九電さんは真面目すぎるんですよ。仮にですよ? 九電さんが何かやって、名指しでクレームが入ったとするでしょ? そんなときどうします? ヤバイな。なんで失敗しちまったんだろ。次からどうしていこう。いやいやそんなことより、まずはどうやって詫びを入れようか。とりあえず真っ先に客先まで出向いていって頭を下げようか。いや、その前にまずは電話で。――とかこんな感じで、自分を責めて、客に謝って、何とか許してもらおうとするでしょ? 九電さんの場合」
「それがなんだよ。当然のことじゃねぇか」
「違うんですよ。謝るとか反省とかじゃなくて、もっと開き直らないとダメってことですよ」
「開き直る?」
「はい。たとえば今朝、俺が九電さんに怒られた例の件だと、ですね」
3-3-8の青木の婆さんの件か。
さっきまで考えていただけにすぐに頭に浮かぶ。
「在宅してたのに不在票を入れられた、ってことでしたけど、そんなの配達してる俺たちからしたら知らねぇよって話なんですよ。俺はちゃんとインターホン押しましたよ? で、不在票を書いている間ぐらいは家の前にいるわけなんですよ? それで客が出てこないんだから、俺は別に悪くないでしょ。ちゃんと決められた通りにやってるんだから」
「…………」
「足が悪いんなら営業所に電話してそう言うべきなんですよ。それなら俺もちょっとぐらい余計に待ちますよ? でもそういう注意事項はなし。俺は不在と判断したってわけなんですよ。こんなので俺が謝りに行く義務はないでしょ? 相手が悪いんだから」
「やっぱりお前、一回痛い目に遭うべきだわ」
「なんでですか。俺、何か間違ったこと言ってますか?」
「いや、間違ってるとまで言わないけど、誠実な感じではないよな」
「別にいいじゃないですか。誰が死ぬってわけでもないんですから」
「…………」
「大体ですね。色んな客がいる中で、全員の要望に応えなきゃならないなんて、無理なんですよ。九電さんはできるんですか」
「確かに全部はできないけどさ。それでも極力問題を起こさずにだな」
「はぁ。そうですか。さすがですね。さすが正社員様ですね」
「えっ」
「バイトの俺とは考え方も仕事の仕方も違うってわけなんですよね。俺は言ってみれば会社の都合でいつクビになってもおかしくない身。でも九電さんは、もしかしたら一生ここでやっていくかもしれない身。違って当然ですよね。俺と九電さんって」
「なにスネてんだよ。そんなに劣等感があるんなら、仕事に打ち込んで正社員になれるよう頑張ればいいじゃんか」
「簡単に言いますね。俺もう25ですよ? ここは正社員登用の制度はないし、履歴書にもバイト経験しか書けないのに、今更どこが雇ってくれるって言うんですか」
おいおい、なんでオレが責められているんだ?
斉藤の言うことは現実的で、まぁもっともだと言えるが、これだけ自分の主張をはっきり通せる能力があるんなら、どこへなりとも行けるだろうと思うのはオレだけか?
斉藤は仕事に関しては不真面目というか、オレとは真逆の価値観を持っているみたいだが、この会話能力を活かせれば、企業の面接は楽々突破できそうに思える。
「まぁもういいんですよ。俺はここにバイトに来たときから九電さんみたいな正社員人生は諦めてますから」
「と、いうと?」
「俺、気がついたんです。買い手市場の日本で正社員を目指すことがそもそも愚かなんですよ。世の中には俺みたいなヤツらがたくさんいて、誰も彼もが正社員になりたくて必死になってる。嫌なんですよね。そんな競争率の高いことをやるのって。勝ち目が薄いじゃないですか。高卒の俺より優秀な履歴書を書けるヤツなんてごまんといるんだから」
「でもそうしないと生きていけないんだからしょうがないだろ」
「そうなんですけど、正社員にならずとも収入源があればそれでいいってことじゃないですか。俺はそれを目指すことにしたんですよ」
「おいおい、なんてヤバそうな話だ。失敗したら転落人生みたいなネタじゃねぇだろうな」
「失敗しなきゃいいんですよ。成功すれば一生働かなくたっていいくらい金が手に入るんですから」
「…………。なぁ、お前確か彼女いるんだよな」
「いますよ。それが?」
「今言ったこと、彼女に話した?」
「いえ? 成功もしないうちからこんなこと言っても笑われるだけですから」
「話さないほうがいいぞ。そして、真面目に働け」
「なんでですか。九電さん、俺の話、聞いてました?」
「聞いていたから言っているんだ。いいか? 真面目に働けよ」
斉藤は相変わらず「なんでですか。理由を教えてください」とほざいていたが、オレは無視して煙草の火を消して屋上を後にする。
思いの他、長時間喋っていたせいか、午後からの準備をする時間に余裕がなくなってしまった。
といっても、今日は今日中に配達を依頼されている荷物がかなりの量で、10分やそこらの余裕がなくなったぐらいでは大差ないだろうというところまで来ている。
一応定時は17時となっているものの、そんな時間に終われるわけがない。
残業は二時間までしかつかないから、その後はサービスになりそうな状態。
まぁ金銭的な事情はともかく、帰りが遅くなると帰ってからの自由時間がなくなるわけで、株の成績をつけてブログを書いて、それでおしまいとなってしまうのは納得がいかない。
昨日いいところでセーブしたゲームの続きも気になるし、できることならなるべく早く帰りたいのが本音ではある。
オレは気合を入れ直し、荷物の山をトラックに積んでいく。
いつも思うが、この「早く帰りたいがために仕事をしているときのオレ」というのは、かなり近づき難い雰囲気を醸し出しているのではなかろうか。
他人の事情を無視でのんびり話しかけてくる美砂を除いては、コールセンターの面々も配達員の同僚もオレと積極的に関わろうとはしてこなかった。
とはいえ、そのほうが助かるのも事実。
さっさと済ませて自由時間を満喫する。
このときのオレはそのことしか考えていなかった。
だから美砂が「何か用事があってオレを探しているらしい」ということも、配達が中旬に差し掛かる頃まで完全に忘れていた。
一通りの配達が終わり、一応美砂を探してみたが、朝から出勤してくるコールセンターは夕方過ぎに帰ってしまうので、オレが営業所に戻ってきたときには面子ががらりと変わっていた。
まぁ今日は配達中に営業所から電話がかかってくることもなかったし、斉藤と話していた昼休みに心配していた「仕事関係のろくでもない用件」ではなかったのかもしれない。
美砂はオレの携帯の番号を知っているし、急ぎで伝えてこないということは大した用事でもないんだろう。
株もヨコヨコで平穏な一日。
心配事など何もない一日。
こういう平和な日々がずっと続けばいいのに。
オレは自宅で株神様の御神体を磨きつつ、そんなことを考えていた。
現実は時間指定に追われてダッシュダッシュなわけだが、今日の株価の動きは大人しい。
相場が荒れている日は、一つ配達が終わるたびに株価が気になるので、トラックに戻るたびに携帯を開いているものだが、こうもヨコヨコな日が続くと終値を確認するだけでいいかな、という気にもなってくる。
日本の株式市場はギリシャの総選挙を終えて、地味な買いムードが続いている。
世界的なニュースがないからか、個別の動きにそこまで目立ったものはない感じがする。
小商いの銘柄は突如として出現した材料で大きく動いたりもするが、現在のオレの手持ち銘柄にそういうのはないらしい。
出来高も少なく、地味な上下を続けていた。
昼の休憩時間、オレは前場のチャートを確認しながら屋上で煙草を吸っていた。
営業所内で喫煙できる場所は屋上の一角のみと定められている。
二年ぐらい前までは各フロアにカーテンで仕切られた喫煙スペースが設けられていたが、誰かの煙草の不始末が原因で客の荷物に引火しかけたというヤバイ事件を経て、建物内での喫煙は禁止となった。
結局あれは「火事の意識の薄い喫煙者たち全員の責任だ」ということになり、誰が犯人だと問責されることはなかったが、実は客からのクレームに慌てた斉藤が火のついた煙草を持ったまま荷物を漁っていたときに起きたぼやだから、オレの中で犯人は確定的だったりする。
わざわざ告げ口したところで何の得にもならないから黙っていたが、当の本人がまるっきり反省の色を見せないというのはどうなんだろうか。
まぁあんまりにも挙動不審な態度を見せていたら腹を探られる結果になるのは目に見えているので、斉藤の振る舞いはある意味世渡り上手の一環といったところかもしれない。
時給で働くアルバイトの割には将来有望、というのは言いすぎだろうが、実際問題、こういう不真面目さは社会で生き残っていくのに必要な能力だと思う。
「あ、九電さーん」
何が面白いのかわからんが、斉藤が嬉しそうに手を振ってオレのそばにやって来た。
今朝は、昨日美砂に言われた一件を指導してやったにも関わらず、斉藤はまるで落ち込んだ様子を見せず、へらへらしている。
日夜オレを原因とするクレームがついてやしないかとひやひやしているオレからすれば、斉藤の能天気さはある意味で尊敬の念を感じ得ない。
「九電さん、さっき下で美砂さんが探してましたよ」
「何の用だ、貴重な休憩時間に」
「さぁ。携帯で呼びましょうか? って聞いたんですけど、自分で探すって言ってました」
うわ、もの凄い嫌な予感。
コールセンターの誰かが配達員を探しているときは、十中八九仕事の話。
しかも今までの経験からいって、ろくでもない用件のことが多い。
午前中に行った配達先、どっかヤバイとこあったかな。
不在票の入れ間違いとかもしあったら……。
「九電さんの考えてること、俺にはわかりますよ」
「なに」
「朝の配達でミスったかなー、とかそういうことでしょ?」
図星過ぎる指摘。
オレ、そんなに青い顔してた?
この妙に鋭い洞察眼から逃れる術をオレは知らない。
「ダメですね、九電さん。いやミスしたかどうかじゃなくて、そんなことでうろたえるのはダメですよ」
「どういうことだよ」
「九電さんは真面目すぎるんですよ。仮にですよ? 九電さんが何かやって、名指しでクレームが入ったとするでしょ? そんなときどうします? ヤバイな。なんで失敗しちまったんだろ。次からどうしていこう。いやいやそんなことより、まずはどうやって詫びを入れようか。とりあえず真っ先に客先まで出向いていって頭を下げようか。いや、その前にまずは電話で。――とかこんな感じで、自分を責めて、客に謝って、何とか許してもらおうとするでしょ? 九電さんの場合」
「それがなんだよ。当然のことじゃねぇか」
「違うんですよ。謝るとか反省とかじゃなくて、もっと開き直らないとダメってことですよ」
「開き直る?」
「はい。たとえば今朝、俺が九電さんに怒られた例の件だと、ですね」
3-3-8の青木の婆さんの件か。
さっきまで考えていただけにすぐに頭に浮かぶ。
「在宅してたのに不在票を入れられた、ってことでしたけど、そんなの配達してる俺たちからしたら知らねぇよって話なんですよ。俺はちゃんとインターホン押しましたよ? で、不在票を書いている間ぐらいは家の前にいるわけなんですよ? それで客が出てこないんだから、俺は別に悪くないでしょ。ちゃんと決められた通りにやってるんだから」
「…………」
「足が悪いんなら営業所に電話してそう言うべきなんですよ。それなら俺もちょっとぐらい余計に待ちますよ? でもそういう注意事項はなし。俺は不在と判断したってわけなんですよ。こんなので俺が謝りに行く義務はないでしょ? 相手が悪いんだから」
「やっぱりお前、一回痛い目に遭うべきだわ」
「なんでですか。俺、何か間違ったこと言ってますか?」
「いや、間違ってるとまで言わないけど、誠実な感じではないよな」
「別にいいじゃないですか。誰が死ぬってわけでもないんですから」
「…………」
「大体ですね。色んな客がいる中で、全員の要望に応えなきゃならないなんて、無理なんですよ。九電さんはできるんですか」
「確かに全部はできないけどさ。それでも極力問題を起こさずにだな」
「はぁ。そうですか。さすがですね。さすが正社員様ですね」
「えっ」
「バイトの俺とは考え方も仕事の仕方も違うってわけなんですよね。俺は言ってみれば会社の都合でいつクビになってもおかしくない身。でも九電さんは、もしかしたら一生ここでやっていくかもしれない身。違って当然ですよね。俺と九電さんって」
「なにスネてんだよ。そんなに劣等感があるんなら、仕事に打ち込んで正社員になれるよう頑張ればいいじゃんか」
「簡単に言いますね。俺もう25ですよ? ここは正社員登用の制度はないし、履歴書にもバイト経験しか書けないのに、今更どこが雇ってくれるって言うんですか」
おいおい、なんでオレが責められているんだ?
斉藤の言うことは現実的で、まぁもっともだと言えるが、これだけ自分の主張をはっきり通せる能力があるんなら、どこへなりとも行けるだろうと思うのはオレだけか?
斉藤は仕事に関しては不真面目というか、オレとは真逆の価値観を持っているみたいだが、この会話能力を活かせれば、企業の面接は楽々突破できそうに思える。
「まぁもういいんですよ。俺はここにバイトに来たときから九電さんみたいな正社員人生は諦めてますから」
「と、いうと?」
「俺、気がついたんです。買い手市場の日本で正社員を目指すことがそもそも愚かなんですよ。世の中には俺みたいなヤツらがたくさんいて、誰も彼もが正社員になりたくて必死になってる。嫌なんですよね。そんな競争率の高いことをやるのって。勝ち目が薄いじゃないですか。高卒の俺より優秀な履歴書を書けるヤツなんてごまんといるんだから」
「でもそうしないと生きていけないんだからしょうがないだろ」
「そうなんですけど、正社員にならずとも収入源があればそれでいいってことじゃないですか。俺はそれを目指すことにしたんですよ」
「おいおい、なんてヤバそうな話だ。失敗したら転落人生みたいなネタじゃねぇだろうな」
「失敗しなきゃいいんですよ。成功すれば一生働かなくたっていいくらい金が手に入るんですから」
「…………。なぁ、お前確か彼女いるんだよな」
「いますよ。それが?」
「今言ったこと、彼女に話した?」
「いえ? 成功もしないうちからこんなこと言っても笑われるだけですから」
「話さないほうがいいぞ。そして、真面目に働け」
「なんでですか。九電さん、俺の話、聞いてました?」
「聞いていたから言っているんだ。いいか? 真面目に働けよ」
斉藤は相変わらず「なんでですか。理由を教えてください」とほざいていたが、オレは無視して煙草の火を消して屋上を後にする。
思いの他、長時間喋っていたせいか、午後からの準備をする時間に余裕がなくなってしまった。
といっても、今日は今日中に配達を依頼されている荷物がかなりの量で、10分やそこらの余裕がなくなったぐらいでは大差ないだろうというところまで来ている。
一応定時は17時となっているものの、そんな時間に終われるわけがない。
残業は二時間までしかつかないから、その後はサービスになりそうな状態。
まぁ金銭的な事情はともかく、帰りが遅くなると帰ってからの自由時間がなくなるわけで、株の成績をつけてブログを書いて、それでおしまいとなってしまうのは納得がいかない。
昨日いいところでセーブしたゲームの続きも気になるし、できることならなるべく早く帰りたいのが本音ではある。
オレは気合を入れ直し、荷物の山をトラックに積んでいく。
いつも思うが、この「早く帰りたいがために仕事をしているときのオレ」というのは、かなり近づき難い雰囲気を醸し出しているのではなかろうか。
他人の事情を無視でのんびり話しかけてくる美砂を除いては、コールセンターの面々も配達員の同僚もオレと積極的に関わろうとはしてこなかった。
とはいえ、そのほうが助かるのも事実。
さっさと済ませて自由時間を満喫する。
このときのオレはそのことしか考えていなかった。
だから美砂が「何か用事があってオレを探しているらしい」ということも、配達が中旬に差し掛かる頃まで完全に忘れていた。
一通りの配達が終わり、一応美砂を探してみたが、朝から出勤してくるコールセンターは夕方過ぎに帰ってしまうので、オレが営業所に戻ってきたときには面子ががらりと変わっていた。
まぁ今日は配達中に営業所から電話がかかってくることもなかったし、斉藤と話していた昼休みに心配していた「仕事関係のろくでもない用件」ではなかったのかもしれない。
美砂はオレの携帯の番号を知っているし、急ぎで伝えてこないということは大した用事でもないんだろう。
株もヨコヨコで平穏な一日。
心配事など何もない一日。
こういう平和な日々がずっと続けばいいのに。
オレは自宅で株神様の御神体を磨きつつ、そんなことを考えていた。
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